東日本大震災から11年

東日本大震災から今日で11年が経ちました。

私の住む関東では以前の暮らしが当たり前になっており震災の事を忘れかけているような気がします。しかし、震災の影響が甚大だった東北では、まだ以前と同じ暮らしができていない場所があります。

あの震災を忘れてはいけないと思い、去年から震災の影響があった場所へ訪問し、当時の状況を自分の目で確認し、このブログに記録することで少しでも世間の方に現在の状況を知っていただければと思います。

前回は岩手県の陸前高田市へ行きました。今回は、宮城県の南三陸町にある【南三陸さんさん商店街】に行ってきました。

道の駅と震災の被害を伝える伝承館が建築中でした。完成は今年の10月の予定です。完成したら、また訪問したいと思います。

さて、この周辺の以前の町並みが分かりませんが、新しい建物が多かったので震災での被害が甚大なものだったと思われます。

南三陸さんさん商店街には飲食店、観光案内所、お土産さんなど地域の方も利用するお店が沢山ありました。

着いた頃は丁度、昼時だったのでお昼ご飯を食べることにしました。海に近いので海鮮系のお店が多かったです。

お昼ご飯を食べ終わり、商店街を散策していると当時の震災の状況を写真で残している写真屋さんがあったので入りました。

佐藤信一さんの写真展示館です。入場料の300円をお支払いし、当時の写真を見ました。そこにあった写真は以前の綺麗な町並みから震災後の写真が展示されていました。特に震災時の写真には時間も記録されており津波があっという間に町をのみ込み変わり果てた景色に胸が締め付けられ見ているのが辛かったです。

火災かと思っていた火も寒さを凌ぐためのものだと知り驚きました。ネクタイや身近な物を利用して生き抜くために体を温めていたのです。

たしか、あの時は雪も降っており、ずぶ濡れになっていたと思われるので想像を絶する寒さだと思いました。あの火がなければ凍死していたという証言もあり生きるために必死だったことを思うと胸が締め付けられます。

周りに誰も居なかったら間違いなく泣きながら写真を見ていたでしょう。実際に現地で経験していたら、あまりのショックで立ち直れないと思います。何年、何十年、もしかしたら一生立ち直れなくても不思議ではありません。

館内は撮影禁止の為、写真は載せられませんが沢山の方に見てもらいたいです。

佐藤信一さんが撮影した写真集が販売されていたので購入しました。

写真館を出て、震災時の建物が残されていたので向かいました。

以前、町だった場所は公園になっていました。南三陸町では15.5メートルの大津波だったそうです。

この辺り一帯は10数メートル嵩上げされており以前の町並みは想像できません。

腐食防止の為と思われますが新たに塗装はされておりました。津波の威力は凄まじいものがあります。頑丈な建物が骨組み剥き出しになりグニャグニャに曲がるほどです。

防災対策庁舎では当時数十名ほどの方が避難されていましたが津波は3階の屋上2メートルまで押し寄せ流されてしまった方もいました。屋上にあるアンテナとフェンスにしがみついた方のみ助かり残ったのは10名ほど。

防災対策庁舎の奥にありました【高野会館】へも行きました。津波浸水の高さが青い看板に記されていました。3階以上の高さに衝撃を受けました。ここまで津波が浸水してくる当時の状況が想像できません。

しばらく何も考えることができませんでした。

11年経過しましたが、まだまだ復興には時間が必要です。

この町だけでなく震災の影響を受けた地域が1日でも早く復興してくれることを願います。また、現在も復興の作業をしておられる方に心からお礼を申し上げます。

頻繁には訪れることはできませんが、復興していく景色を自分の目に焼き付けていきたいと思います。

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